宗教戦争顛末記

休日の教会にて

  ヒルベルト沼の南側岸付近には、エルフロッグ教の教会(注1)があり、毎日、そこで授業が行われていた。
 生徒の1人ヤムルは、ぼんやりとイラルス教師の話を聞いていた(というより「聞こえていた」という方が正確かもしれない)。
 目にうつる範囲の、机の上の落書き、午後のやわらかな光、薄暗くそして荘厳(彼にはどこか滑稽に見えていたが、)な神エルの像、それらすべてのものが、眠気を誘うものだった。
 彼はしばらく体を揺らしたりしながら、目をあけていたが、しばらくして目をつぶった。
 彼は、そこではっきりとした夢を見た。目が覚めるまで(おそらく彼にとっては今でも)現実であることに疑いを挟む余地はなかった。
 霧状の雲の中を進んでいると、中空に(ヤムル自身の言葉によれば、自分も宙に浮かんでいたので、正確には彼の上方に)神エルが浮かんでいた。
 どうして神と分かったのか?後に彼が語ったところによれば、直感的に悟ったのだという。
 神エルの姿を見上げていると、彼の耳もとにささやき声が聞こえた。神の声なのか、それとも現実の教師の声なのか(そのとき、彼が聞いたという言葉は、ちょうど授業でも同じ話をしているところだった。)、その声は、エルフロッグ教典の一節であった。
 「神は自身の姿を模し、2体のジャマエルを創った・・」
 そこで彼は、夢から覚めた(現実に戻った)。
 まっ先に目に飛び込んできたのは、話をする教師の後ろに立っている、神エルの像であった。
 毎日毎日目にはいり、見慣れたものではあったが、これは神の像ではないと彼は確信した。
 そして思わず叫んだ。
 「みんな間違ってる!!」と。

 注1.エルフロッグ教における教会制度は、当時社会制度と同義である程に密着したものであったらしい。
教会は、宗教に関する司祭所であるとともに、教育施設、司法、行政施設であった。
東西南北4区がそれぞれ4ブロックに分かれ、それぞれのブロックに教会がおかれ、最高責任者である「教師」が選出された。その権能は、ブロックにおける治世のすべてにわたるものであった。


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