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蛙昇天〜ある哲学者の話〜

 ※ 引用文中、文字フォント、文字色等を変更して強調している部分は、当サイトで付したもので、原文とは関係ありません。

■ 菅 季治という人 ■

 まず、事件の渦中にあった蛙昇天の主役「菅季治」の生いたちを簡単に見てみましょう。
 1917年7月19日、愛媛県に生まれた彼は、6歳(数え)のとき、北海道にわたり、尋常少学校、旧制中学校に進みました。学業成績は非常に良く、中学卒業時には、「開校以来の神童」とうたわれたそうです。
 1935年、東京高等師範学校に進み、哲学にふれ、1939年には、東京文理大学哲学科に入学しました。彼は、ここで実存主義や、ヘーゲルの弁証法などを専門にし、「形式的論理学と弁証法的論理学」という題で卒業論文を書き、1941年に卒業、旭川師範学校に心理、論理の担当教諭として赴任しました。この年の12月に、日本はアメリカの真珠湾を奇襲攻撃し、太平洋戦争がはじまっています。
 教員生活をはじめた彼はしかし、哲学研究の熱は冷めず、翌42年には、旭川師範学校を退職、京都大学大学院哲学科に入学、その翌年には召集令状を受け、北千島で幹部候補生に合格、見習士官として満州、その後、奉天に赴任、1945年の終戦を受けてその地で武装解除、旧ソ連の捕虜となり、カザフ共和国、カラガンダ第99収容所に収容されました。1949年11月、日本に帰国、翌50年に上京し、東京教育大学聴講生として、学級生活を送る準備をしていました。そして、その年の4月6日、吉祥寺駅付近で列車に飛び込み自殺しました。32歳の生涯でした。

 彼の性格について、部外者はあまり簡単に推測することはできませんが、かえるクラブ管理人には想像できないほどの真面目な人だったようです。日本に帰国してからの彼の日記は、「語られざる真実」という本になって公開されていますが、例えば1950年2月7日はこんな具合。
× 世の中のあり方について人々は、あるいは、ぼんやり「いつだって世の中こんなものさ」とたかをくくる。あるいは、ジャーナリズムのスクラップ・ブックで片づける。人間の正しい、よいあり方に照らし合わせて見ることをしない。そうしたらどんなにひどい abnormality[変態]、deformation[奇形]が見出されることだろう。例えば、人間生活に必要な品物の凡てが個人的の「金もうけ」のためにのみ生産され販売されること。
 男性はたいくつがり外に出て遊ぶことばかり考えている。女性は、一日中雑事に追いまわされて新聞さえ読む暇さえない。あるいは読む気持をすりへらしてしまう---そう云う家庭という共同生活形態。
 血で結ばれた親子兄弟。(血は現代ひどく薄められつつあるけれど、なお観念的の Convention[因襲]としてまだかなり永く存続するだろう---まるで幽れいみたいに。)
× 風俗のグロテスクさ、アナクロニズム。身にまとう布きれの色や形に対する関心の大きさ。毛髪の取扱い。下駄---足指で鼻おをはさんで。「二十世紀の半ばごろまで、人類の半数の女性は『化粧』と称して---顔に各種の液体を塗り、粉末をくっつけたそうだ」「それより一世紀前の日本でイレズミやオハグロがはやっていたようにね」
 どうですか?世の中をニヒリスティックに見ることに対しては批判的で、世の中を良くするよう何かをすべきだと考えるヒューマニストであり、また、時には極端に見える程、論理至上な様子が見えます。家庭とか血縁関係など、論理のフィルターを通らない、情とか慣習で成立する関係を好んでいないようですし、「見た目」というものを気にすることを、人間の本質からかけ離れたくだらないこととして見なしているようです。 動物的な欲求についても批判的であったようで、捕虜当時のことを書き残したものの中に、こんな言葉があります。
 だいたい食物の量とか味でさわぐのは、からだに着ける布きれの色や形でさわぐのと同じく人間が未開野蛮の証拠だと思うんです。もうそろそろ人類史の夜明けにさしかかった現代ですから、仁丹かせめてキャラメルくらいの大きさで、それを一日一粒腹の中へ入れれば、だいじょうぶ、というような薬が発明されてもよさそうなもんじゃないですか?それが発明されないのは、医学者の怠慢だと思います。
 動物的欲求を嫌い、非論理的慣習を嫌い、ただただ論理とそれによって導かれる真理を愛し、世の中を憂れうという、潔癖な哲学者という印象を受けます。そして、その性格をもってみると、自殺の理由も何となく分かってくる部分があります。

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