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蛙昇天〜ある哲学者の話〜

 ※ 引用文中、文字フォント、文字色等を変更して強調している部分は、当サイトで付したもので、原文とは関係ありません。

■ 追いつめられて ■

 衆議院考査特別委員会は1950年4月5日、菅季治を再度、国会に証人として呼びます。参議院で踏み絵を踏むことを拒否した菅に対して、衆議院は、菅に「共産主義者」というレッテルを貼ることに腐心しました。

 その議事録から、2か所抜粋します。

 一つは、彼の証言を、日の丸梯団のいう「要請」と彼が訳したという「期待」との言葉の違いという点に矮小化して、要請でも期待でもどっちでもとれることを、わざと微温的な表現に変えたのだ、いう論に持っていったところ。

○篠田委員 証人にちよつとお尋ねしますが、先ほど吉武委員の質問に対しまして、徳田書記長は民主主義者となつて帰国することを期待しておる。期待しておるのであつて、要請しておるのではないというあなたの証言がありました。そこで今ここに出されましたゲネラーリヌイ・セクレターリ・ヤポンスコイ・コンパルテイイ・トクダ・ナデーエツアという言葉のナデーエツアということを期待しておるというふうにあなたは訳しておられるのでありますけれども、それを日本共産党書記長は期待しておるのではなく、要請しておると訳すことは、ロシヤ語としてできませんか。
○菅証人 私は哲学、心理学をやつて、言葉についてはいろいろな自己流の解釈を持つておるものでありますが、要請というのは、哲学で言えばカントの実践理性の要請という特別な言葉であり、ふだんにおいては私自身としてはあまり用いておりません。第一私の語感から行きますと、要というのは対等並びに上の方から要求する、請というのは下の方からこいねがうというような感じで、あいまいな言葉だと思います。私も主として用いません。ふだんも用いませんし、またそれと期待とどう結びつくか、元来あいまいな言葉ですからわかりません。
○篠田委員 あなたが用いるか用いないかということは別問題であります。ナデーエツアという言葉を要請していると訳すことは誤りであるかどうか、その点をお伺いいたしたい。
○菅証人 デリケートですね。ちよつと強過ぎると思います。
○篠田委員 ちよつと強過ぎると思うということはあなたの主観であつて、言葉というものは普遍妥当性を持つておる。であるから、訳し得るかどうかということは、あなたの主観を聞いているのではない。あなたが通訳として期待しておると訳したその訳し方を、もし私が徳田書記長は要請しておるとナデエエツアという言葉を訳したとしたら、それは誤りであると思われるかどうかということを聞いている。
○菅証人 それは強過ぎると私は言わなければなりません。
○篠田委員 これは正常の言葉でありますから、普通希望しておる、結局英語で言つても、要請ということはホープ、片方の期待ということはエクスペクト、そういうふうに区別はあるが、この場合ロシヤ語には私は区別はないと思う。この点を事務局のロシヤ語の專門家の方に、ナデーエツアという言葉を期待していると言う通訳もあるし、これに対して要請していると解する委員もあるから、要請ということが誤りであるかどうかということを「專門家の立場においてお聞きしたい。
    〔「参考意見としてということだ、これを証拠にするなら証言として、宣誓しなければいかぬ」と呼ぶ者あり〕
○鍛冶委員長 それでは参考の意味で、原口君にこれを答えさしてよろしゆうございますか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○鍛冶委員長 それでは原口調査員。
○原口調査員 徳田書記長という一つの大きなゲネラーリヌイ・セクレタリ・ヤポンスコイ・コンパルテイイ・トクダという言葉があるわけです。それからあとに非常に重大な問題もあるし、そのとき菅君は期待しておると訳したかつたから訳したのであつて、菅君がもし要請じておると訳したいならば、要請しておると訳してもいい言葉だと私は思います。失礼ですが、私は菅君がさつき言つたハルピン学院の第一期卒業生であります。

 もう一つ、証言の動機にまで疑問を挟み、何としても彼を共産主義者にしたてようとするところ。
○安部委員 それは一人は兵長、一人は軍曹で、二人が聞いたのです。そのときに、先ほども吉武委員もあなたに申し上げたように、ここで証言を要請した証人が異口同音にみな、反動分子は帰さぬように、帰しちやならぬということを証言しておるのですが、あなただけがきわめて微温的な期待するというような言葉であるのですが、あなたがアクチーヴならば、日本に帰つて来ても、アクチーヴというものは何かやはりそこに拘束があるのですか。それが彼らのいわゆる反動だろうが、共産主義でないもの、普通の日本人だろうがそうなんですが、アクチーヴというのは日本に来ても、何か若干の拘束を受けておるのですか。共産産員にならなければいかぬとが、共産党本部に行かなければならぬとかいら拘束があるのですか。
○菅証人 ただ日本人の間において、集結地に来ますと全員入党、集団入党ということをしよつちゆう言いまして、全部日本共産党に行かなければならぬぞということを言つております。
○鍛冶委員長 あなたはどうですか。
○菅証人 私自身は別に拘束を受けておりません。
○安部委員 けれどもアクチーヴの一人だというならば、ほかのアクチーヴがそういうような拘束を受けたならば――拘束と言つて語弊があるなら、そこへ行かなければならぬというような條件付であつたならば、あなたも普通そこに行かなければならぬと考えたことがありますか。
○菅証人 私は日本の現実と自分の生活とを考えないで、日本の港に着き次第、すぐ代々木の本部に行くというああいう方針には反対でありました。
○安部委員 けれどもアクチーヴというものは、共産党員でなければほんとうはソ連の官憲が認めないのではないですか。アクチーヴならずんば反動、反動ならずんばアクチーヴということではなかつたのですか。
○菅証人 共産党員でなければアクチーヴということではなかつたわけです。それからまた各收容所によつて違いますけれども、大体全收容人員の一、二割がアクチーヴ、六、七割が民主的傾両者、あるいは民主主義者、そして残りの者が反動、大体そういうふうに区わけされておつたようです。
○安部委員 あなたが言うところの民主主義者というものは、われわれの了解しているデモクラシー、英国とかあるいはアメリカのデモクラシというものとは違つて、ほんとうの意味における共産主義のことを民主主義というのでしよう。
○菅証人 ソ連流の民主主義はそうだと思います。
○安部委員 そうでしよう。そうすればあなたが民主主義に協力すれば、やはり共産主義に協力したわけですね。
○菅証人 はい。
○安部委員 そうすれば実行の上でもそういう共産主義の行動をとつたわけですね。
○菅証人 どういう場合の実行でありますか。
○安部委員 たとえばスターリンに感謝したいとか、あるいは天皇制護持を信じないとか、天皇制を打倒しなければならぬ、天皇制護持を信ずる者は、天皇の忠臣となつてうまい汁を吸つたのだというようなことが言われておつたということを聞いているのだが、あなたはそういうことをやはり信じて、反動に対して、お前らは天皇護持をしてうまい汁を吸つたやからじやないかということを指摘したことはあるでしよう。
○菅証人 反動と積極的に鬪争したことはありませんが、天皇制に対しては私は反対であります。
○安部委員 それからいろいろなつるし上げなどにも賛成した方ですね。
○菅証人 心のうちでは恐ろしいとは思つていましたけれども、しかたがないと思つていました。
○安部委員 それから生産大会とか、平塚運動というものは、非常に長い時間とか、あるいは一定の時間の間に非常な成績をあげないといかぬというので、健康も保てぬほどの働きをやつたとか、そういうこともあなたは認めたわけですね。
○菅証人 私たちのカラカンダの方ではよくも働き、また丈夫でもなければならぬという収容所の方針でありました。実際働き過ぎてからだを惡くした者もあります。
○安部委員 従つてあなたは、反動分子に対して非常に何か一つの偏見と言つては語弊がありますが、異なつた考えを持つておつたわけですね。
○菅証人 私自身としては、政治的な確信というものは持つておりませんでしたけれども、たとえばソ連の収容所生活において反動と言われる人たちは、多くたとえば麻雀をやつたり、あるいはいかがわしい話をしたり、あるいは規律を破壊するというような行動をする者もいたわけです。ですからやはり日本人としてみな規律を守つて、できるだけゆたかな生活をするという意味においては、収容所における民主運動というものを肯定したわけです。
○鍛冶委員長 どうもそこはさつき私も聞いたのだが、ちよつと論理が合わぬようだが、あなたは先ほど民主主義にあらざれば反動、民主主義とは共産主義だ、これは肯定されたのでしよう。
○菅証人 はい。
○鍛冶委員長 そうしてみれば、その民主グループのうちのアクチーヴとなれば、共産主義者中の実行者、積極行動者でなければならぬと思う。当然共産主義の熱烈なるものとわれわれは解釈するのだが、これは、どうですか。
○菅証人 これはアクチーヴの中にはいろいろあると思います。帰りたいからアクチーヴになつた人もいるでしよう。あるいはまた小隊長、中隊長をやつているので、形式上アクチーヴになつた人もいるのです。また熱烈に日本に帰つて革命でも起そうという者、そういうふうにいろいろいたと思います。
○鍛冶委員長 けれども民主主義にあらざれば反動、反動にあらざれば民主主義、民主主義とは即共産主義だ、そのうちのアクチーヴなんですから、最も共産主義の熱烈なる者と思うのだが、便宜主義でやつたというのは、やむを得ぬからカモフラージをやつていたというのですか。
○菅証人 いろいろな人がいたと思います。
○鍛冶委員長 あなたはどうですか。
○菅証人 私としては立場の上からアクチーヴになつたわけです。
○鍛冶委員長 カモフラージをしたのですか。
○菅証人 カモフラージではないが、収容所における民主主義運動というものは肯定したわけです。
○鍛冶委員長 けれども、あなたの言われたように、規律を守ればいいとか、ゆたかな生活をすればいいということと、純然たる共産主義とはたいへんな違いじやないですか。
○菅証人 けれども、私は日本における生活と、ソ連における收容所生活と分離しなければならぬと思つたのです。
○鍛冶委員長 では便宜上やつたのですか、便宜上ではなくてそうなのかね。
○菅証人 日本に帰つて共産党に入るか入らぬかは、日本に帰つて現実の生活に合して考えなければいかぬと思つたのであります。しかし收容所の民主主義運動というのは、いろいろな行き過ぎとか、極端なものもあつたけれども、やはり規律を守り、生産をよくし、ゆたかな生活をするためには、あれは一つの危期を脱する道であつたと思つております。
○安部委員 ではそのために、ほんとうに共産主義でなかつたけれども、その仲間に入つたというのですか。
○菅証人 ほんとうの共産主義ではなくて、また共産党に入る意思もなかつたわけです。
○鍛冶委員長 カモフラージですね。
○菅証人 ソ連の収容所生活においては、私は民主主義運動というものはやはり惡くなかつたと思います。
○安部委員 日本に帰りましてから、参議院の海外同胞引揚げに関する特別委員会に、あなたが喚問されるというようなことがいつわかつたのですか。あなたが証人として証言を要求されるということは、参議院からそういう通知を受けるまで知らなかつたのですね。
○菅証人 はい。
○安部委員 あなたが通訳したその言葉を、それはどういうわけで新聞を通して弁明的な――最も重要な部分であるところの期待をする、あるいは要請するという言葉を特にあなたは新聞に掲載したのですか。どういう動機ですか。
○菅証人 あそこがかんじんであつて、はつきり要請すると断定できないのではないかということがあつたわけです。
○安部委員 何人の要求においてそのことを発表したのですか。
○菅証人 私自身の……。
○安部委員 あなたがソ連におつたとき、通訳として将校と特別にいろいろと折衝する機会が多かつた、かつまたあなたがアクチーヴであつた、従つて共産主義というものの実行をある程度まで実現して来たのだ、日本に帰つてからもやはり徳田問題とか、そういうことに関して普通の場合より多く共産党に同情をしておつたということは、これは否定できないですね。
○菅証人 そういうことは疑われると非常に苦しいのでございますが、私はまじめな一人の国民として、事実を事実として述べる、そういう気持でやつたのであります。
○安部委員 けれどもあなたはアクチーヴとして、カラカンダで部分的ですけれども、共産党員と同様な行動をして来たのでしよう。従つてあなたは日本へ帰つて来ても、その思想から一朝にして脱却するわけにいかぬでしよう。そういう感化を受けておつたりだから、やはりある場合には共産党というものに同情するか、あるいは共産党に非常な了解を持ち得ることが当然だと私は思うのですが、どうですか。
○菅証人 私は日本へ着いてから考えているのでありますが、同情するしないにかかわらず、やはり事実は事実でありまして、私は主観的な気持から共産党を弁護するという気持はありませんし、弁護しようがしまいがい正しくなくて滅ぶべきものは滅ぶべきだと考えております。
○安部委員 しかし冷静に考えてみると、特にあなたが何人からも尋問され、聞かれないのに、みずから進んでその重要な点を最も微温的に、期待するのだということを世の中へ発表するということは、私はどうも冷静に考えて、何かそこにだれかに聞かれた、あるいは特に何人か北海道における細胞で会つたとか、あるいは話合いとか――あなたが自主的に共産党の弁護をするためにそういうことをやつたのではないという疑いを持つているのですが、いかがですか。証人としてあなたは宣誓しているのだから、決して詭弁がないはずだから、はつきりしてください。
○菅証人 そういうように疑われることは私は非常に苦しいのであります。私はほんとうに一人の国民として、まじめに事実を事実として述べたのであります。
○安部委員 あなたがそうおつしやるならば、それ以上は追究はできませんが、しかしそこにわれわれは非常に疑義を持つておる。あなたはロシヤ語と日本語を対照してこれを発表しておるのですが、これはどういう必要があつたのですか。最初委員長からも質問があつたのですが、あなたははつきりとわれわれに納得せしむるに足るような答弁がなかつたのです。これは必要があつたのですか。日本人に対しては日本語でいいわけですが、わざわざロシヤ語を対照的にやつておる。しかもロシヤ語はきわめて的確なものじやない。日本語は的確に記憶しておるだろうが、それに該当するロシヤ語の單語は、あの接続詞のごとき、また副詞の点などにおいて違つておるかしておる。これは何の必要があつて発表したのですか。
○菅証人 通訳としては当然であると思います。
○安部委員 たれかに聞かれたのですか。
○菅証人 別に聞かれません。
○安部委員 それならわれわれの常識として、頼まれもせぬのにやるということは、弁解の行動に出たというように考えられる。われわれの経験から、質問された場合に言わなくてもいいことを質問以上に言うことは、多くは弁解です。弁解するということは、何かやましいところがあるか、真実でないから、必要以上に進んでこれを多くの人にそういう印象を與えようというような行動だと思うのですが、その点はどうですか。
○菅証人 私としてはそう思いません。
○安部委員 あなたは思わないが、何の必要があつたのですか。たれも聞かぬのに、期待する、あるいは要請するという問題が大分デリケートな問題になつておるその場合に、あなたは進んでこういうことを公表することは、何の必要があつて公表するのですか。
○菅証人 実際あの場にいた者として、これほど国際問題化すれば事実を述べなければならぬと思う。証人としていくら待つておつても来ないから……。
○安部委員 しからば国際問題になつた重要な問題だから、そういうふうにもし進んでやれば、先ほど塚原委員が質問した場合に、あなたがこの期待するとしうヴオキヤブラリイが、ある場合においては要請するということに翻訳してもさしつかえない。ただ言葉がいささか強いんだという程度ならば、なぜそのこともつけ加えて世界に弁明しなかつたのですか。
○菅証人 それはまた実際に証人に呼ばれた場合に言えるだろうと思いました。
○安部委員 その以前に、こういうようなおもに徳田要請を否定する資料になるような弁明をしておきながら、今度は四十三名か四十四名は対日理事会のシーボルト議長まで確証を持つておるということを新聞で発表しておる。それを幾多の人々が発表しておる。山形においてもあなたの言つたことははなはだうそである、逆である、われわれはほんとうのことを言うと証言した者も十二、三人ある。そういう場合において、一方的に單に徳田氏を弁護する、共産党を弁護するような口調――両方に意味がとれる場合に、一方的にそれを微温的にやることは、徳田氏を弁護するような行動をとつたとしか思われぬ。その点はどうですか。はつきり言つてください。
○菅証人 弁護はしてない、あるいは共産党の利益になるようにはしません。はつきり事実として述べたのです。
○安部委員 それなら何ゆえにその事実を両方に、これは要請と解釈することができるんだと発表しなかつたか。
○菅証人 要請すると解釈することもできる。しかしながら要請すると解釈しない人もおるでしよう。
○安部委員 だから両方をなぜ……。
○菅証人 両方とも解釈の問題ですから、私は通訳の見解として……。

自殺  菅季治は、この衆議院での証言の翌日、1950年4月6日、列車に飛び込んで自殺しました。ポケットには「ソクラテスの弁明」の文庫本が入っていたそうです。冒頭に載せた遺書はそういう経緯で書かれたものです。
 衆議院においても、「徳田要請は事実」と結論されますが、徳田球一は、6月6日、GHQの共産党幹部公職追放令によって地下に潜って活動することになります。6月25日には南北朝鮮が全面的な戦争状態に突入、東西対立が最も露骨にあらわれていた、そういう時期の事件だったということも、知っておく必要があるかもしれません。
 政治的対立に巻き込まれて、自分は政治的にふるまうことができず、結局自殺を選ばざるを得なかった一人の哲学者蛙の姿は、今の世の中にも通じる問題を投げかけていると思います。

 最後に冒頭に掲げた彼の遺書をもういちど掲載します。どうでしょうか。印象は変わったでしょうか。変わらなかったでしょうか。共感できたでしょうか。できなかったでしょうか。
 私は日本へ還ってから平凡で真面目な国民の一人として生きようとした。今度の事件でも私はありのままの事実を公けにして国民の健全な判断力に訴えようとしたのである。しかし私を調べた人々には私とソ同盟、私と日本共産党との間になにか関係があると疑って、私の証言の純粋さを否定しようとする。いまの世の中は、ただ一つの事実を事実として明らかにするためにも多くのうそやズルさと闘わねばならぬ。しかし闘うためには私は余りにも弱すぎる。ただ一つの事実を守り通せぬほど弱い人間に何の存在意義があろう? 私の死についても一部の人々は私がソ連同盟でアクチーブだったことから何か拘束を受けているように疑うかもしれないが、そんなことは全くない。私と同じように日本へ還って新しい心構えで日本の生活を営むようにしているソ連帰りの人々にたいして、世間一般が偏見なく接してくれるよう望む。私はただ悪や虚偽と闘い得ない自分の弱さに失望して死ぬのである。私は人類のために真理のために生きようとした。しかし今までそのため何もしていない。だがやはり死ぬときには人類万歳、真理万歳といいながら死ぬ。

かん・すえはる

参考文献:「哲学者 菅季治」平澤是曠 1998.3.10 すずさわ書房
     「語られざる真実」菅季治(「戦争と平和」市民の記録19) 1992.5.25 日本図書センター
     「内なるシベリア抑留体験」多田茂治 1994.5.30 社会思想社
     「征きて還りし兵の記憶」高杉一郎 1996.2.27 岩波書店
     「昭和 二万日の全記録」7、8巻 講談社 1989.4.20
     「木下順二集4」木下順二 1988.5.26 岩波書店

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